農工大工 佐藤勝昭
先号の藤田先生のご寄稿を読み、「よくぞ言って下さった」と感じた大学人は私一人ではないでしょう。ただ、私は、藤田先生のように、大学院修了以来、大学に残り、部屋の下積みからたたき上げた筋金入りの大学人ではなく、企業体の研究所からデューダした新米の大学人なので、藤田先生とはちょっと違った立場から、8つのエピソードを紹介しながら、大学を見てみたいと思います。
1.たかが「大学」
<エピソード1>「ハハーッ、教育に徹します」
今を去ること、8年前、大学に職を得たばかりの頃、研究室には黒板と、机しかありませんでした。N社の研究所から、古くなったパソコンをいただけるというので、学生を連れて駆けつけたときのことです。所長だったか、部長だったか忘れましたが、MBEだの、MOCVDだの立派な研究設備を使った半導体の基礎研究、当時珍しかったスパコンを使った第一原理バンド計算などを紹介してくださったあと、得意気に、「最近、企業はこんなに基礎的な研究にも金をかけています。大学はこれからどうするのですか」と聞かれました。私は、「ハハーッ」とひれ伏して、「教育に徹します」と答えるしかありませんでした。
<エピソード2>「いまの大学のていたらくでは・・」
先日、あるプロジェクト研究の懇親会で、某国立研究所の室長とお話をしていました。その方がおっしゃるには、「私は将来大学に出ることを考えていますが、今の大学のテイタラクでは行く気にもなれないので、少しずつ大学を変えていかねばと思っているんですよ。今の大学はきちんとした基礎研究をやらず、役に立ちそうなことにちょこっと手を出して大した成果を上げていない。大学は大学でしか出来ないことをやって下さい。」
<エピソード3>「できのよくない生徒さんを教えている大学の先生に・・」
シリーズものの本の編集委員をいくつか仰せつかっています。執筆者として私が思い浮かべるのは、どうしても企業や国研の研究者が多くなりがち。提案すると、出版社の編集者が厳かに宣告されます。「研究所の人が書くと、専門家すぎて難しいのではないかと見られて本が売れませんので、なるべくなら止めていただけませんか。その点、大学の先生方は、あまりできのよくない生徒さんを教えておられるのでわかりやすいんではないかと思っていただけるようです。それに・・・大学の先生だと(教科書に使ってくれるので)数が出ますから・・」。
<エピソード4>「あまり仕事をやっておられないようなので・・」
ある学会の材料関係の委員会で研究会の企画を話し合っていました。「この部分は、メーカー間での論争が多いので、ひとつ中立的な立場ということで大学の先生に座長をお願いしましょう。××先生は、最近はあまりお仕事をされていないので、公平に見てもらえるでしょう・・・」と委員長が言いました。
こうしてみると、世間の期待する大学の先生像は、藤田先生の自負とはかけ離れて、「あまりできのよくない学生の教育に徹し、あまり研究をやらず、中立的で公平」であるべきということとなります。企業や国研の研究者からみると、「われわれはこんなに人も金もつかって、専門的にやっているのだから、大学ごときに何ができる」という気負いがあります。学生についても、「大学で何を学ぼうが関係ない。企業できちんと再教育していますから・・」。たかが大学なのです。
2.されど「大学」
<エピソード5>「撒いた水以上のものを吸収して・・・」
私は、さきにも書きましたように8年前に大学に来ました。現在の立場は臨時増募教授です。(文部省は第二次ベビーブームの対策に7年間の臨時定員増募をし、その見返りに7年間の期限付きの教官ポストをくれました。)当然スタッフ(助手や技官)はつきません。スタッフのあるなしにかかわらず卒研生7人、大学院生4ー5人の配属は同じです。スタッフがいないのはつらいことも多いですが、ものは考えようで、その人の将来のことやいろんなことについて気配りしなくてよいという気楽さもあります。
よく人は、「スタッフなしで、1ダースもの学生だと大変でしょう」といいますが、いま私はそうは思いません。むしろ学生こそ宝だと思っています。たしかに、私が企業から大学に移ったばかりの頃は研究室で学生相手に話をしているとき、あまりのギャップの大きさに「これはまるで砂漠に水を撒くようなものだな」と愕然としたものです。しかし、まもなくこれが間違いであると気づくことになります。翌年の3月、新しい卒研生が配属され、卒業していく4年生からひきつぎが始まりました。新しく配属された学生に一から教え込むことを覚悟していた私は目を疑いました。分光システムの使い方、真空装置の使い方、石英管細工の仕方・・・立派なワープロ刷りのマニュアルが手渡され、親切にも和訳付きの英文文献を「これを読んでおくよう」と渡されているのです。学生たちは決して砂漠の砂ではなく、与えた水以上のものを吸収して成長する生き物だったのです。我が学生達は、受験の偏差値という点では、旧帝大に比べちょっと見劣りがしますが、受験戦争に疲弊していないからこそぐんぐん伸びるのかもしれません。ちなみに、最近出た週刊ダイヤモンドの「役に立つ大学」によると、機械電機系では農工大は総合評価4位につけています。
1ダースも学生がおればこそ、前の職場ではできなかったいろんな研究ができます。研究所時代16年で査読のある原著論文は29篇でしたが、大学にきてからの8年で原著論文を57篇、解説・総説を20篇、著書4冊を出すことができました。私は「君達には足を向けて寝られないな。」といつも言っています。
<エピソード7>「毎年100万円の私費を投じて・・・」
山陰地方のある国立大学のK教授は、いまを去ること十数年前関西の旧帝大からこの大学に赴任してきました。当時の地方大学の設備はおよそ研究ができるような代物ではありませんでした。一念を決して彼は奥方に相談し、5年にわたり毎年100万円の私費を投じて研究設備を整え、血のにじむような努力をされました。その功が実っていまではその分野の押しも押されぬ重要人物になられました。この話を女房にしたら、「研究者ってそんなものなのね。」とたいそう感激して、それ以来私が毎年50万円の私費を研究室に奨学寄付金として寄付することを許してくれています。学生を地方の学会に連れていく費用などにあてています。ちなみに、50才の国立大学教授の給与は税込みで年間ちょうど1000万円です。これが高いか安いかは読者の判断にお任せします。
<エピソード8>「木戸銭を返せ・・・」
よく、研究熱心な先生の中には、授業を雑用と考えている方がいるようです。しかし、この考えは間違っています。考えても見て下さい。大学院大学の先生ならともかく、普通の大学教授は教壇を前にしゃべくることでおアシ(給料や研究費)をもらっているのです。いってみれば、噺家と同じではありませんか。上方の寄席はお客が厳しくって、噺が面白くないと木戸銭を返せとどなります。幸い日本の学生は受け身だからこんなことは言いませんが、本来なら授業がわからなかったら木戸銭は返すべきだと思っています。
だから、まずよく授業に参加してもらわねばなりません。我々だって、90分もの間ずっと集中して人の話を聞いてられません。30分くらいに1回は、息抜きの雑談を入れて上げます。(たとえば、学生を指さして、日本の半導体の生産額(約4兆円)とか、貿易黒字の額(約1000億ドル)など知ってるかいと聞いて見ましょう。ほとんど答えられませんが、結構、後まで覚えていてくれます。日米の製造業の構造的なちがい、米国の大学の研究室の人種構成、若者のものづくり離れがもたらした結果を説いて、ソフト系の研究室にばかり人気が集まることに歯止めをかけたりもしています。)本題の方も、一生懸命教えるとその意気に感じて我が研究室を選んでくれる学生が必ず何人かでてきます。研究室はそういう学生に支えられています。
以上のエピソードから、いろいろの困難にもかかわらず、大学には、よい面がいくつか残されていることがわかります。
まず、「研究テーマ選択の自由」があります。つぎに、上手に方向づけさえしてあげれば「自分で育っていく若者」がいます。彼らは、研究室を支える宝です。そして、私費をつぎ込んでも惜しくないと思わせる「研究のロマン」があります。「されど大学」なのです。
3.おわりに
この小文では、大学のポジティブな面を強調してきましたが、私は決して現状に満足しているわけではありません。超大企業の研究設備と比べると本当にむなしくなることがしばしばです。現在、全国の大学の研究者に渡る文部省科学研究費の総額は630億円です。H社1社の研究開発費3800億円に比べ何と少ないことでしょう。国の予算の仕組みが変わらない限り、増えたとしても年間5%の程度ですから、今世紀内に企業レベルに近づくことは決して有り得ません。従って、同じようなテーマで企業と競争してもほとんどのところ勝ち目はなく、「大学でしかできない」テーマを選ぶ必要があります。(もちろん、IBMから教えを乞いに来るほどのクリーン技術をもつ大学もありますが、むしろ例外です。)さらに、大学間、大学内の研究室間で協力しあうこと、官立研究所や企業との共同研究を(できれば大学の主体性を保ちながら)すすめることなどが必要だと思います。大学に投資することは、決して砂漠に水を撒くのと同じではありません。ちょっと時間がかかりますが、必ず撒いた水以上の果実をもたらすはずです。そのことを私は身を持って経験しました。ぜひ長い目でみて、大学をサポートしていただきたいと、関係各方面にお願いします。