電子情報工学科Hコース3年次「光物性工学」(81教室)第10回講義 1999.6.15
佐藤勝昭教官(P科量子機能工学分野教授)10号館215室, 内線7120
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http://www.tuat.ac.jp/~katsuaki/
第9回(6/1)の講義内容(復習)
配位子場遷移についてざっと学習(教科書p99-p103)
ルミネセンスについて学習
luminescence←ラテン語lümen(光・窓) 関連語illumination(照明), lumen(光束の単位ルーメン), luminance(輝度), luminous(光り輝く)
cf. lucid(明瞭な),elucidate(解明する), lux(照度の単位ルックス)←ラテン語lux(光)
ルミネセンスの励起方法による分類:
分類 |
励起方法 |
応用例 |
フォトルミネセンス(PL) |
光 |
蛍光灯、PDP* |
放電による紫外線で蛍光体を励起 |
カソードルミネセンス(CL) |
電子線(陰極線) |
ブラウン管 |
電子ビームで蛍光体を励起 |
エレクトロルミネセンス(EL) |
電界 |
真性ELディスプレイ |
電界で加速された電子が発光中心を衝突励起 |
電子正孔対注入 |
発光ダイオード |
過剰な電子・正孔の再結合 |
電流 |
有機ELディスプレイ |
電荷を色素に注入 |
*PDP(plasma display panel)
発光とは:何らかの方法によって励起状態にある物質が光を放出して基底状態に戻る現象
第9回の問題:発光現象を励起方法で分類し、それぞれの応用例を述べよ。
[解答]上記参照
質問コーナ
- レーザの話の中で、光はエネルギーを与えるだけで消えないのでレーザになると言ったがレーザの出力はあまり高くならないのではないか(花田)→A. 誤解です。1つの光子があるとその電界の摂動を受けて励起状態から基底状態に遷移して新たな光子が放出され、もとの光子はそのままなので、光子数は2倍になります。この2つの光子がそれぞれ誘導放出をおこして2倍になるので、光子数は4倍になります。こうして光子数はねずみ算的に増えます。レーザの光強度は光子数に比例するので強度は急速に増大します。
- フルカラーLEDについて知りたい(三原)→A. 赤、緑のLEDはGaAs1-xPx, Ga1-xAlxAsなどGaAs系の半導体材料で実現されます。長い間、青色のLEDは高効率のものが得られませんでしたが、最近になってIn1-xGaxN系の材料が開発されようやくフルカラーになりました。現在では、In1-xGaxN系で緑から青が高効率でカバーできるので、赤の発光効率の低さが問題だそうです。(日亜化学妹尾氏談「日本学術振興会短波長デバイス第162委員会」99.5.28)
- 配位子場遷移は、電子軌道間の遷移と考えて良いのか(替地)→A. もちろん電子軌道間の遷移です。ただし、多電子系のいくつかの軌道を一括りにした多電子軌道(Slater行列式で表される)間の遷移です。
- (1)縮退とは何でしょうか、イメージ的にとらえるとどのようなことか(佐藤良)→A. 固有値をきめる方程式を解いた結果、同じ1つの固有値に複数の固有関数が対応していたとすると、「縮退(degenerate)」しているといいます。たとえば水素原子の1s軌道の電子を考えるとき、磁場がなければスピンが1/2の電子と-1/2の電子は同じエネルギーE=-13.6eVを持っています。これが「縮退した」エネルギー状態です。しかし、磁場Hを印加しますと、s=1/2の電子のエネルギーは、 (g/2)μBHだけ低くなり、s=-1/2の電子のエネルギーは(g/2)μBHだけ高くなります。(これをゼーマン効果と言います)このとき、2つの電子は「縮退が解けた」と表現します。また、「磁界が電子のスピンに関する縮退を解いた」(The magnetic field lifted the spin degeneracy of electrons.)というふうに表現します。
- (2)β線と電子線の違いは何か(佐藤良)→A. β線は電子または陽電子で構成される放射線で、原子核のβ崩壊で放出されます。エネルギーは電子の質量m=9.1×10-31kgからE=mc2を使って計算できますが、9.1×10-31×(3×108)2/1.6×10-19=51×10-31+16+18=51×104eV=0.51MeVです。一方、電子線は熱電子や光電子、または、電界放出された電子に電位を与えて加速するもので、CRT(ブラウン管)で10-20keV, 高分解の透過形電子顕微鏡で400keV=0.4MeV程度です。
- 「くびれ」というのは電子軌道のくびれのことか。どんな本を読めばわかるか。(宍戸)→A. 量子力学の初歩の本にでています。また、山田・佐藤他著「機能材料のための量子工学」p.15に図が載っています。(右図参照)
- (3)スピン許容, スピン禁止とは何か(佐藤良)→A. ある状態ψ1ともう一つの状態ψ2とのあいだの電気双極子遷移を考えるとき、電気双極子の選択則では許容であっても、2つの状態のスピンが同じでないと遷移は許されません。これをスピン禁止遷移というのです。たとえば、ルビーAl2O3:Crの基底状態4A2と励起状態2T1の間の電気双極子遷移は基底状態のスピンがS=3/2、励起状態のそれがS=1/2なのでスピン禁止です。(実際にはスピン軌道相互作用により、上の励起状態4T2が部分的に混じり込むため弱いけれど許容になります)一方、基底状態4A2と励起状態4T2の間はスピン許容です。
- スピンがひっくり返るとはどういうことか(中山)→A. 全問でルビーAl2O3:Cr(3d3)の基底状態4A2では、3個の3d電子は、フントの法則に従って、スピンを揃えてt2軌道(dxy, dyz, dzx)を埋めていきます。この結果全スピンはS=12/2×3=3/2です。励起状態2T1においても3つの3d電子がt2軌道に入るのですが、3つのt2軌道のうちどれかの軌道にスピンs=1/2とs=-1/2の2つの電子が入ることにより、電子間のクーロン相互作用が増大し、エネルギーが高くなっています。初めはs=1/2の電子が3個だったのが、励起状態ではs=1/2が2個、s=-1/2が1個となりましたから、1つの電子がスピンをひっくり返したと述べたのです。
- 配位子場遷移はレーザ以外に使えるのか(中山)→A. 例えば、UY族半導体の硫化亜鉛(ZnS)にマンガン(Mn)を固溶したZnS:Mnは橙色の2重絶縁型交流ELディスプレー材料として実用化されていますが、これは、Mn2+の配位子場遷移4T1→6A1による発光を利用しています。また、酸化物中の遷移金属イオンの配位子場遷移におけるinhomogeneous broadeningを利用したPHB(光ホールバーニング)メモリも開発されています。
- 授業でPDPについて触れたが、構造が複雑そうでしかも効率が良くないのになぜ注目されるのか(工藤)→A. 構造はひょっとするとTFT液晶よりシンプルです。放電にはメモリ効果があるので、一回閾値を超えると放電が保持されるので、回路がシンプルになります。また効率は確かに低いのですが、今のところ、投影式ディスプレイを別として、20インチを越える薄型大画面のフルカラーディスプレイとしては、PDPしか実用化されていないのが実情で、消去法でPDPに注目が集まっているのです。(将来はFEDやELで高効率の大画面表示が出来る可能性があります)
- DVDをスロー再生するとどうなるか(広瀬)→A. ディジタルVTRのスロー再生と基本的に同じです。1つのコマをメモリに入れておき何コマかそれを出せば良いのです。ただし、DVDではMPEG2によって情報圧縮をしていますから、スロー再生では元に戻した画像について、同じコマを複数回再生することになります。
- 有機ELは環境に優しい物質が使われているか(杉田)→A. 有機ELは基本的には色素です。色素には食べられるものも毒性のあるものさまざまです。内分泌攪乱物質のように環境に影響のあるものが含まれているかは、私には判断できませんが、これからは製造者責任が厳しくなるので、メーカーはそのことも考慮しながら開発を進めています。
- ブラックライトとは一体何か(高田、千倉)→A.水銀の365nmまたは 254nmの輝線スペクトルを選択的に通すフィルタ(黒色)を付けた水銀灯です。 紫外線を吸収して可視光線を発光する物質に当てると光って見えます。たとえばルビーにブラックライトを当てると赤く光ります。CMで「真っ白に洗い上がります」といって宣伝している化学洗剤には蛍光染料が入っています。その証拠に洗い立てのワイシャツにブラックライトを当てますと青白く光ります。
- PL, CL, ELのうちどれがもっとも効率がよいか(山中)→A. CLは高い加速電圧で高い運動エネルギーを持った電子で蛍光体を励起し可視光を出すワケですからずいぶん効率が悪いように見えますが、流す電流が少ないので与えた電力との比ではそれほど効率が悪いわけではありません。同じPLでも蛍光灯では放電により発生した紫外線を有効に使うので90%以上の効率があります。PDPでは2%位しか利用できていません。LEDはほぼ理論から予想される量子効率に近くなっており、日亜の白色LEDは蛍光灯とほぼ同じ効率を達成したといっています。
- 低エネルギーによるルミネセンスはあるか(大和)→A. 基本的には、励起状態に上げてやるだけのエネルギーさえ与えられればルミネセンスは生じるわけです。可視光であれば、1.5-3Vの電位が最低限必要です。
- 蛍光灯のラピッドスタータについて(三戸)→A. ラピッドスタート蛍光灯器具は当初放電を早めるために電極板を蛍光管の中央部に置き瞬間的に高電圧を印加することが行われていました。もちろん直接外に出ていると危険なので、プラスチックの板の裏に電極を取り付けていました。最近ではインバータで高周波にして放電を促進出来るので電極は使わなくなってきました。
第10回 誘導放出とレーザ
自然放出と誘導放出
発光過程 |
説明 |
遷移確率 (n→mの遷移行列) |
自然放出 spontaneous emission |
外からの作用と無関係に励起状態から基底状態に緩和 |
|
誘導放出 stimulated emission |
外場の作用によって励起状態から基底状態に強制的に遷移
(光吸収の逆過程) |
|
キーワード:反転分布、ポンピング、Bose凝縮、コヒーレンス、閾値
ポンピングの方法による分類:
低圧気体放電(ガスレーザ)、光励起(固体レーザ)、電子正孔注入(半導体レーザ)
レーザの応用例:
照明(レーザポインタ、レーザディスプレー:輝度、指向性を利用)、通信(光ファイバ通信:光強度、コヒーレンスを利用)、記録(CD, CDROM, CDR, DVD, MO, MD:コヒーレンス、エネルギー密度)、加工(レーザスクライバ:半導体の素子の分離・切断、光硬化樹脂の成形)、リソグラフィ(エキシマーレーザによる紫外線フォトリソ)、微小計測(マイケルソン干渉計を用いた微動ステージの位置決め)、ジャイロ(光ファイバーのサニャックループを用いた加速度計測)、薄膜成長(エキシマーレーザによるTFT用ポリシリコンのラテラル成長)、医療(レーザメス、局所加熱による患部治療)、印刷・印画(レーザプリンタ、カラー写真のレーザ焼き付け)
その他、地球環境計測、微量分析、地殻変動計測、結晶性の評価、レーザ顕微鏡、非線形計測などにも応用)