光物性工学 第8回プリント 佐藤勝昭教官 99.6.1

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教科書:佐藤・越田著「応用電子物性」(コロナ社)

第7回の学習事項

光吸収スペクトルについて

直接遷移と間接遷移、シリコン:間接遷移型吸収端、GaAs:直接遷移型吸収端:

シリコンもバンドギャップより高い光子エネルギーに対しては直接遷移が見られる。

有効質量はE(k)曲線の曲率の逆数:k空間で緩やかに変化するバンドの有効質量は大. k空間で急に変化するバンドの有効質量は小

GaAsの伝導帯にはやや高いエネルギーの位置に有効質量の大きなサブバンドあり。→Gunn効果

第7回の問題:半導体のバンド構造をk空間で表すメリットについて述べよ。

[解答] 電子の波としての性質を表すのに波数kはよい量子数となっている。バンドギャップが間接遷移であるか直接遷移であるかを簡単に判定できる。有効質量の大小が判定できる。ガン効果を理解しやすい。

 

 

第7回のQアンドA

  1. 何でk空間でのバンド図はあんなにひん曲がっているのか(神田)→A. いくつもの分散曲線が重なり合うとき、互いの間に相互作用が生じ、曲線同士の反発がおきてひん曲がります。
  2. シリコンが発光しにくいのはk空間におけるバンド図のずれが原因か(小井)→A. 伝導帯から価電子帯への遷移にはフォノンが関与しなければならないので、遷移確率が低く、発光効率が低いのです。
  3. どうして光ファイバは通信に向いているのか(中山博)→A. 一度に伝送できる情報量が多いこと、信号の減衰が少ないので長距離を少ない中継で伝送できること、外部からの電磁障害を受けないことなどです。
  4. 光ファイバに入射する光の入射角によってファイバ内を通る光の速度が変化する気がするがどうか。(花田)→A. 説明のために壁にぶちあたりながら全反射していく図を書きますが、本当にそうなっているかというと、そうではなくコアの中に閉じこめられてまっすぐ行く光のみが伝達しています。あの説明は、全反射条件になっているので色んな方向に出ていくことはないよというためのシロート向けの説明なのです。導波管を伝わるマイクロ波も全く同じです。
  5. 光ファイバの用途は通信用以外にあるか(エビータ)→A. 光ファイバーの先を細くして、それを走査することにより、顕微鏡より高い分解能で微小なものを観測する技術があります。これをSNOM(scanning near field microscope)といいます。また、ファイバーをループ状に結合させサニャック効果を用いて加速度を検出する光ファイバージャイロ、光ファイバーの磁気光学効果を利用した大電流の計測器などがあります。医療用としては、レーザ光を患部まで導いて照射して治療する器具としても使われます。
  6. E=1240/λの1240はどこから来たのか(三戸)→A. 前回の講義ノートの初めの部分に書きました。もう一度書いておきます。光の波長と光子エネルギーの関係 E=hν=hc/λ →λをnm単位で表し、EをeV単位で表すとE=1240/λ: h=6.6×10-34[J/s] c=3×108[m/s] λ=λ×109:従ってE=19.8×10-17 [J]=(19.88×10-17)/(1.6×10-19)〜1240/λ
  7. 電気電子で半導体製造関係への就職はどのくらいの割合か(三原)→A. 数年前では1/3くらいでした。最近は「回路」がきちんとわかり、設計できる人を・・という要求が特に異業種からあります。
  8. フォノンの働きが少しわかったような気がするが、フォノンとは何かが未だに分からない(米沢)→A. フォノンは光子振動の「第2量子化」です。本当に分かるには、このあたりのことを基礎的に理解する必要があります。
  9. 間接遷移の話は右図のどの部分に相当するのか(宍戸)→A. 右の図はGeの場合です。間接ギャップはΓ点における価電子帯の頂とL点における伝導帯の底との間に存在します。
  10. 半導体の直接遷移による吸収の山の出来方がよく分からなかった(大和)→A. 量子力学によってバンド間光学遷移の確率を計算すると∇kEc=∇kEvの時に遷移確率が大きくなることが導かれます。これはバンドの電子エネルギーのk空間での勾配が、伝導帯と価電子帯とで等しいことを意味します。これによる吸収の山のことをバンホブ特異点とよんでいます。(山田・佐藤他著「機能材料のための量子工学」p.167参照)
  11. 直接遷移が光学的に遷移するとはどういうことか(高橋聡)→A. 直接遷移とは、「価電子帯の電子が光を吸って伝導帯へと励起されるプロセス」です。
  12. 価電子帯から伝導帯へ電子移動するとき原子核のまわりで生じる光学遷移と同じ波長の光が発光するか(中山博)→A. 意味不明の質問です。この質問には2つのことがまぜこぜになっているように思います。まず。バンド間遷移は基本的には、結晶全体に広がった波動関数間で起きる光学遷移なので、原子核のまわりで生じるatomicな光学遷移ではないことをはっきりさせておいて下さい。次に、光の吸収と発光とは、必ずしも同じ光学遷移が関与するとは限らないということです。詳細は、ルミネセンスの項で話しますが、発光の過程には、不純物や欠陥などにとらえられた電子やホール、あるいは電子とホールが互いに束縛された励起子などが関わってくるので、発光はバンド間遷移と同じとは必ずしも言えません。
  13. 格子振動に音響フォノンというものがあるが、やはり音響に関係あるか(伊藤雅)→A. 質量M1とM2の2種類の原子が交互に並んでいる1次元の格子を考え、その古典的な運動方程式を立てますと、教科書のp.39の(2.26)式のような連立方程式が得られます。これを解きますと、
  14. ω±2=C[(1/M1+1/M2)±{(1/M1+1/M2)2-4sin2(qa/2)/M1M2}1/2](2.28)となります。ここにqは格子振動の波の波数です。qが小さいときω-={C/(2(M1+M2))}1/2・aqとω+={2C(1/M1+1/M2)}1/2という2つの近似式となります。前者はq依存性があり音響モードと呼ばれます。ω/q=vですからこれより物質中の音速を計算できます。一方、後者はq依存性が弱く、光学モードと呼ばれています。

  15. フォノンは比熱や電子の散乱に関係しているが、フォノンの吸収・放出が大きすぎた場合はどうなるか(杉田)→A.電子系と格子系の間の相互作用が大きいと電子遷移に伴って多くのフォノンが吸収されたり放出されたりします。このため吸収スペクトルが幅の広いものになったり、非発光遷移が多くなって発光効率が低下したりします。また、電子・格子相互作用が強いと電子移動度が低下して電気抵抗が高くなります。一方、従来の超伝導材料では電子格子相互作用が大きい方がクーパー対が出来やすいので臨界温度が高くなります。
  16. 格子定数は今回授業でのべたようなバンド構造とも関連しているようだが本質的な意味が分からない。(古賀)→A. 格子定数というのは結晶格子の繰り返しの周期を与える長さです。教科書のp.15を参照されたい。
  17. 色の3原色と光の3原色が一致しないのはなぜか(稲倉)→A. 自発光するものの場合目の中で3つの色が合わさりますから加色混合になります。このときの3原色がRGBです。一方、カラーフィルムのように色素層を通り抜けた光の場合、減色混合になります。このときの3原色がCMYです。C(シアン)はR(赤)の補色、M(マゼンタ)はG(緑)の補色、Y(黄色)はB(青)の補色です。
  18. 量子力学のさわりの部分しか知らないので、勉強するのによい本を教えて欲しい(綾)、量子力学を勉強するのに何かよい本はあるか(山本)→A. 急がばまわれ。自分の基礎知識のレベルに応じて、取っつきやすい本を読むことです。化学系の本は、話が具体的で分かりやすいのでオススメです。ただ出てくる物質になじみがないことが多いのが欠点です。小出昭一郎「量子論」(裳華房)は大学2年生くらいの学力を前提としています。山田興治・佐藤勝昭・他著「機能材料のための量子工学」(講談社)は、固体物理に必要な部分のみを整理してあります。
  19. 量子力学に興味がある。講義を受けたいが授業を良く理解するために最低望ましい基礎は何か(古賀)→A. 量子力学の定式化には、解析力学と呼ばれる古典力学の数式化がベースになり、前期量子力学が成立しました。(朝永振一郎「量子力学1」みすず書房) 従って、古典力学は一通りおさらいが必要です。ラグランジアンやハミルトニアンという言葉は、解析力学の言葉が原点になっていることを知っていて下さい。次に「波動」という概念をしっかりもっていることが大切です。これについては、電気電子の方は有利です。あとは、数学が大切です。複素数をしっかり学んで下さい。複素関数論、コーシーの定理などは常識です。次に、微分方程式の解法、例えば変数分離の方法などが分からないとシュレーディンガー方程式を解けません。また、極座標系でシュレーディンガーの方程式を解く問題では(電磁気でもラプラスの方程式を極座標系で解くときに必要になるのですが)ルジャンドルの球関数が出てきます。ルジャンドルやベッセルなどの特殊関数は、いろんなところに出てきますから工学系大学卒業者としては、当然知っているものと見なされます。数学はそれ自身では即効性はありませんが、後から他の勉強をするときにじわーと効いてきます。
  20. 量子コンピュータはいつ頃実現しそうか(杉田)→A. 単一電子トランジスタを使ったロジックなどはすでにさまざまな回路が提案されていますので、数年の内に実現しそうです。ただし現行技術では室温動作は無理でしょう。量子ゆらぎなど量子力学の本質に根ざした量子コンピュータは、概念が提案されている段階ですが、ひょっとすると数年をまたずに、暗号通信や電子取引の暗証の問題などに部分的に応用されるかもしれません。
  21. (光伝導の話にでてきた)夜になると電灯のスイッチをいれるリレーの構造はどうなっているのか(上田)→A. ソリッドステートリレーといって、電磁石も接点もない半導体デバイスです。一種のサイリスタ(SCR)で、交流電流を外部から与えた電圧で制御できます。詳細は、電子回路の授業で学んで下さい。
  22. 宇宙線から宇宙の起源がどのように分かるのだろう(溝口)→A. 宇宙線は色々な天体で起きた核爆発や核融合の際に出てきたさまざまなエネルギーをもつ粒子です。従って多くの情報を持っています。しかし、宇宙の起源は宇宙線だけからは分かりません。最近はハッブル宇宙望遠鏡で観測したデータが多くの星の遠ざかっていく速度を明らかにしてきましたので、理論に当てはめて宇宙の誕生がいつだったかをかなりの精度で推定できるようになりました。
  23. 学部卒と大学院卒で就職の有利不利は出てくるか(高橋)→A. 本当に勉強する気がなく大学院を卒業しても就職が有利と言うことはありません。問題を先送りにしただけだからです。大学院で自主的に研究を進めてよい仕事をしていると、会社も研究内容ではなくその姿勢をきちんと評価してくれます。
  24. 象牙の塔って何ですか(榧守)→A. 英語のivory towerの和訳です。俗世間や実際の事柄から遠く離れた場所という意味です。the university as an ivory tower(象牙の塔としての大学), live in an ivory tower(浮世離れした生活をする)などというふうに使われます。フランスの詩人Sainte Beuveが最初に使った言葉だそうです。(ランダムハウス英和辞典による) 最近では大学の教育・研究が世の中に役立たないことを皮肉って使われます。

感想・印象

/やはりMaxwell, Schrödinger方程式は重要だと思う。厳しいこともどんどん言って欲しい。/自分でも感じていた大学生の学力低下について指摘されたのでとても苦しかった。自分なりに補足したい。/私は文系から来たので授業が難しくて悩んでいたが量子力学や電磁気学についての基礎を学んでいないので当然だと思った。与えられるのを待つのではなく、自分から勉強しようと思った。/3年になって危機感を持ち始めてからのお説教は刺激になる。/大変危機感を感じた。/基礎学力が重要であることを感じた。しかし専門と実験を同時に学ぶのは困難だ。/勉強する気になった。/毎回先生の説教を聞くたび勉強しようと思うが寝ちゃいます。/授業で使っている教科書を読み始めました。頑張って通読したい。/電気分野の基礎知識をもっと身につけなければならないと思った。/不安になった。/先生の意見は非常にためになった。自分たちの現状や就職事情に疎いのでもっと現実をたたきつけて下さい。/などの感想がありました。