電子物性工学U 佐藤勝昭教官
1998.12.11
E-mail: satokats@cc.tuat.ac.jp, Home page:http://www.tuat.ac.jp/~katsuaki/ 教科書:佐藤勝昭編著「応用物性」(オーム社)
第9回(12/4)の学習内容
・強磁性体の磁化(ヒステリシス)曲線と磁区・磁壁
初磁化状態では、静磁エネルギーを下げるために磁区に分かれているが、磁界を印加すると、図(省略)のような磁壁移動が起きる。印加磁界が小さい間は、可逆的に磁壁が移動し、印加磁界の方向に最も近い磁気異方性をもつ磁区が拡大する。さらに磁界を増加すると磁区内の磁気モーメントが一斉に回転し、ついには磁気飽和に至る。
- 強磁性体における有効磁界Heff: 強磁性体中では巨視的な磁化Mに基づく反磁界のために、実際に加わっている磁界は印加磁界よりもっと小さい。反磁界の大きさは、磁化Mに形状による因子N(反磁界係数)をかけたものになっている。Heff=H-NM;反磁界係数についてはp.210参照。
- 磁性の単位系について:cgs系が磁気の単位として実用的によく使われる。cgs-emu系では磁界の単位はOe (エルステッド)、真空の透磁率は1、磁束密度の単位はG (Gauss)である。一方、SI単位系では、磁界の単位はA/m、磁束密度の単位はT(テスラ)またはWb/m2である。ガウスとテスラの間には10000G=1Tという簡単な関係が成り立つが、エルステッドとアンペア・パー・平方メートルの間には1 Oe= 79.6 A/m という面倒な関係が成り立つ。教科書p.198参照
第9回の問題
磁壁について述べよ。:
標準解答:磁区と磁区の境界にある磁気モーメントの遷移領域。原子面1枚で不連続に変化するのではなく、数原子層にわたり徐々に回転していく。境界面の法線に垂直な面内で回転するものをブロッホ磁壁、上の図(省略)のように磁区の磁化を含む面内で回転するものをネール磁壁という。教科書
p.220参照
第9回の質問・印象・要望
磁区・核発生
(逆磁区の)核発生の原因は物質の欠陥などによるといったが、欠陥がなければ反磁界が無いと言うことか(記名忘れ君)à
A. 違います。説明が悪くてご免なさい。いったん磁気飽和させ単一磁区にした後磁界を減少しますと、当然反磁界のため静磁エネルギーが高くなって、単一磁区の状態は決して安定ではありません。ナノメートルというような小さな寸法をもつ磁性体では、磁壁の幅より磁区が小さいので、磁区反転は瞬時に起きます。しかし、磁壁より大きな寸法の磁性体では、何かきっかけがあれば逆磁区が発生します。この核発生は欠陥から起きることもありますが、欠陥がなくても、磁性体の結晶粒界のキンクなどに出来た磁気モーメントの回転などがきっかけになります。このように磁化回転した領域が広がっていくと磁区をつくります。しかし、磁区と磁区の境界にある磁壁のエネルギーはどこでも均一というわけではありません。このとき欠陥があると、今度は出来た磁区が広がろうとしても、磁壁が欠陥に引っかかって動けないことがあります。これが残留磁化の原因です。(p223 (b)参照)
核生成がよく分からない。(大角)à
A. Q1 の解答を参考にして下さい。
単一磁区からの核生成はどの程度磁界が小さくなるとおきるのか。(藤本)à
A. 物質によって、物質の作り方によって大きく異なります。
磁壁
磁気モーメントが少しでも傾いていたら磁壁の一部とみるのか(渡辺)à
A. その通りです。
一度飽和状態にはいると人工的に磁化回転させても磁壁は生じないか。(中山)à
A. 磁性体には磁気異方性がありますから、磁化回転をしますと、磁化困難軸の方向では飽和磁化状態では無いこともあり、磁壁が生じる場合があります。
磁壁は、外部磁界の影響を受けて逆磁性が発生している領域と考えて良いか(木村)à
A. 良くありません。初磁化状態を考えて下さい。磁界がないのに磁区に分かれていますから、磁壁が存在します。
ブロッホ壁とネール壁の違いが分からなかった。(一杉)à
A. ブロッホ磁壁は、磁区の境界に平行な何枚かの原子面にわたり、原子面内ですこしずつ回っていくものです。しかし、これだと、薄膜の磁性体の場合に、面に垂直な磁気モーメントが現れ、静磁エネルギーが高くなってしまいます。それで、ネールは、薄膜の表面に平行な面内で磁気モーメントが回転していく機構を考えました。
磁壁が存在する状態から単一磁区へ、またその逆はどのくらいの時間で行われるのか(山中)à
A. 非常にサイズのちいさな磁性体では単一磁区にしかなりませんが、そのときの磁壁移動の速度はのぞみ号くらいの速度といわわれています。10nm=10-8mを300km/h=3×102×3600 m/s=1.08×106m/sで割ると、約10-9s=1nsということになります。磁気記録に使うような通常の磁性体での磁壁移動、磁化回転の動力学的な性質は、Landau-Lifshitz-Gilbert方程式によって記述され共鳴周波数は2-3GHzとなっていますから、スピン反転の時間の最小値は0.5ns位でしょう。
磁壁はどんなときに生じるか(グエン)à
A. 磁性体が磁区に分かれているときには必ず磁壁があります。
反磁界
長さ方向の反磁界係数が0になる理由は何か(米光)à
A. 無限長の棒を考えて下さい。両端に磁極が出来たとしても、それによる反磁界は殆ど考えなくても良いでしょう。
反磁界係数は物質にはよらないのか(堺)à
A. 形状のみに依存します。物質の性質はMの方に入っています。
地磁気
星の内部のマントルの流れによって磁界が出来ると言われるが、その仕組みを知りたい(星乃)。地磁気はどうして出来たか(中山)。à
A.もしマントルを構成する物質が荷電をもっているなら、回転で電流が生じて磁界が発生します。この磁界の中を電磁流体が運動することによって、磁界を維持し続けるというのが、ダイナモ理論と呼ばれるものです。
地磁気の方向は人工的に変えられるか(中山)à
A. 地磁気の方向は人工的には変えられませんが、長い地球の歴史の中では何回も磁気の向きが反転していたことが、地層の調査から分かっています。
地磁気の狂う場所があるというが、なぜか。(松田)à
A. その場所の地殻に鉄鉱石が埋まっていたりすると、新たな磁束が生じますから、地磁気が乱れるのです。逆に磁気探査によって鉱物資源を探すことが出来ます。
永久磁石
モータや発電機に使われている永久磁石も減磁して仕事の能力は減るのか(杉田)à
A. YES, DCモータは長年使っているとだんだん回転能力が低下します。
永久磁石の性能指数としてMH積でなくBH積を使う理由は何か(チュア)à
A.MHはエネルギーの次元を持ちません。磁性体が蓄える磁気エネルギーはで与えられるのです。磁束密度Bと磁化Mの間には、B=μ0H+μ0Mの関係があります。
磁性基礎
スピンは電子の粒が回転しているイメージで良いのか(佐藤)à
A. 本当はディラックの相対論的量子力学で説明されるものなので、それほど簡単ではありません。しかしここでは一応そう考えておいて下さい。
なぜ導線に電流を流すと磁界が出来るのか(稲垣)à
A. Biot-Savartの法則ですね。これも相対性理論から導かれます。
電車のレールの側に置いた釘が磁化したというがどれくらいの電流が流れ、どれくらいの強さの磁石になったのか(上田)à
A. 電車が近づいたとき、レールには100A-500A程度の電流が流れます。レールの中心から0.1mにおける磁界は=500-2500A/mと大したことはないのですが、5寸釘が磁化するには十分です。残留磁化は小さなものですが、クリップや押しピンを引きつけるには十分です。
磁性応用
磁性流体とは何か(星乃)à
A. 強磁性体の微粒子をコロイド状にして炭化水素の液体中に分散したものを言います。磁界により粒子がある方向に並んだり、動いたりさせられるので、圧力シール、液体ダンパー、スイッチ、表示などいろいろな面に応用されています。磁性流体を使った真空用回転軸受などというものも使われています。
VHSの標準と3倍はどのように処理しているのか(後藤)à
A. 調べておきます。
その他
UFOの部品の中に磁化されたカーボンがあったというが、信頼度はあるか(原田)à
A. 私はUFOを信じませんが、磁気をもつカーボンについてはあり得ると思います。フラーレンというカーボンだけでできたC60というサッカーボール形のカゴ状の粒子があるのは知っていますね。このカゴの中の隙間に適当な金属を入れると磁性をもったり、超伝導になったりすることが知られています。このようなものが宇宙の星間物質に存在することがスペクトルの研究からも知られています。
アモルファスシリコンの中にも、特性の良くないものと、水素化アモルファスシリコンのように役に立つものに分類されるといったが、理由はなにか、(庄司)à
A. シリコンを不規則にならべると、シリコン原子のもつ4つの結合手に相手の見つからないものが生じ、これがダングリングボンドという欠陥をつくり、そのために伝導性の制御が出来なくなります。水素化しますと、ダングリングボンドに水素イオンがくっついて、悪さをしなくなるのです。